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仙台高等裁判所 昭和58年(ネ)124号 判決

控訴人

内出忠雄

右訴訟代理人

齋藤正勝

赤松實

被控訴人

株式会社オリエントフアイナンス

右代表者

阿部喜夫

右訴訟代理人

渡部修

主文

原判決を取消す。

被控訴人の訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

(控訴人)

一  本案前の申立

主文同旨

二  本案の申立

原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

一  本案前の申立に対する答弁

本案の申立を却下する。

二  本案の申立に対する答弁

控訴棄却

第二  当事者双方の主張

一  本案前の主張

(控訴人)

1 本件訴は被控訴人の支配人であつて訴訟代理人であると称する相沢陽悦によつて提起され、原審第一回口頭弁論期日に同人が出頭して訴状を陳述し、第二回口頭弁論期日以後は、同人の委任した弁護士渡部修が被控訴人の訴訟代理人として訴訟行為をしたものである。

2 ところで、右相沢については被控訴人の支配人である旨の登記はなされているが、右相沢は被控訴人会社東北地区本部に勤務する同会社の一従業員に過ぎず、同会社の営業活動について支配人としての包括的代理権を与えられていないものである。

3 よつて、相沢による訴訟行為は弁護士法七二条の趣旨に違反して無効であり、また同人の委任による前記渡部弁護士の訴訟行為も訴訟代理権を欠く無効のものであつて、その欠缺は補正することができないから、本件訴は却下されるべきである。

(被控訴人)

1 相沢陽悦は昭和五四年一月一二日以降今日まで、被控訴人の被傭者としてその東北地区本部の管理課長の職にあるものである。右東北地区本部は、被控訴人の東北六県にあたる支店、営業所、出張所などを統轄するいわば上部機関であつて、本部の課長は各支店の支店長と同等ないしむしろ上位の包括的権限を付与されている。そして、相沢は管理課長というものの、その職務は単に債権の管理回収だけに限定されているわけではなく、債権の発生が必然的に営業取引に起因するところから、営業取引をなすべきか否かについても具体的に左右し決定し得る包括的な権限をも、被控訴人によつて付与されているのである。ところで、通説によれば、支配人とは営業主に代わり、その営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をなす権限を有する商業使用人をいい、商業使用人が支配人であるかどうかは、営業主から次のような包括的代理権を与えられたか否かによつて定まるものとされている。したがつて、支配人は本店又は支店の営業の主任者(例えば、本店の営業部長とか支店長)として選任された商業使用人に限られるものではない。そうすると、相沢は被控訴人会社仙台支店の主任者としての肩書を有してはいないものの、その上部機関である東北地区本部の課長であるから(ちなみに、同本部は上から本部長、次長、課長の序列となつている。)、これを目して、主任者たる名称とみることもできるのである。以上の次第で、相沢は実質的な支配人として、本訴を適法に提起し、また、原審及び当審において適法に弁護士渡部修を訴訟代理人として選任したというべきであるから、これまで右訴訟代理人によつてなされた訴訟行為は有効である。

2 仮に、相沢が支配人といえないとしても、被控訴人は昭和五八年一〇月三日付委任状でもつて、弁護士渡部修に対し、本件に関する一切の訴訟行為を委任した。そして、弁護士である右訴訟代理人において、当審における昭和五八年一〇月二八日の第四回口頭弁論期日に、準備書面によつて従前の口頭弁論の結果を陳述した。したがつて、従前の瑕疵ある訴訟行為は民事訴訟法八七条、五四条の適用又は類推適用による追認により、有効になつたというべきである。

二  本案の主張

当事者双方の主張は原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第三  立証〈省略〉

理由

一記録によると、左記訴訟上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  本件訴は昭和五六年二月一九日被控訴人仙台支店代理人支配人相沢陽悦作成名義の訴状を提出することによつてなされ、同年四月一日の原審第一回口頭弁論期日には、右相沢が被控訴人の訴訟代理人として出頭して訴状を陳述したが、同人は同月二七日弁護士渡部修を本件の訴訟代理人として選任し、原審第二回口頭弁論期日以後は同弁護士が被控訴人訴訟代理人として訴訟追行を行い、昭和五八年三月九日の原審第一一回口頭弁論期日に原判決が言渡された。

2  控訴人は昭和五八年三月二三日本件控訴を申立てた。これに対し、昭和五八年五月一二日前記渡部弁護士に訴訟委任する旨記載された同日付被控訴人仙台支店代理人支配人相沢陽悦作成名義の委任状が当裁判所に提出され、同弁護士が当審各口頭弁論期日に出頭して被控訴人のため訴訟活動をしたが、その間の昭和五八年一〇月二八日被控訴人は代表取締役阿部喜夫によつて、改めて同弁護士を本件の訴訟代理人に委任する旨の委任状を当裁判所に提出した。

3  少くとも、本件訴提起当時から本件控訴提起当時まで、前記相沢陽悦は被控訴人会社仙台支店の支配人として登記されていた。

二次に、〈証拠〉に弁論の全趣旨を加えると、相沢陽悦は昭和五四年一月一二日から被控訴人会社本店の直轄機関である東北地区本部の管理課長をし、現在に至つていること、右東北地区本部には本部長、副本部長の下に総務、管理、営業、事務の四課が置かれて、業務を分掌しているが、各課長が当該課の事務を統轄していること、しかし、同本部は営業店ではないこと、右管理課長の職務内容は、管轄内の営業店における債権回収業務の統轄に関する業務並びに管轄営業店よりの各種販売業者との提携契約及び顧客との契約についての禀申事項の審査に関する業務であること、被控訴人会社仙台支店には常時複数の者が支配人として登記されているが、これらの者は同会社仙台支店長ではなく、同支店長は別人が任命されていることが認められ〈る。〉

三更に、被控訴人会社仙台支店の支配人として登記されている者が、仙台高等裁判所及びその管轄区域内地方裁判所において、被控訴人を当事者とする多数の民事訴訟事件の訴訟代理人として、訴訟活動をしていることは、当裁判所に顕著な事実である。

四さて、商法三七条の支配人は、営業主の営業上の行為について包括的な代理権を有する者であつて、その代理権の範囲が営業主の営業の全般に及び、営業主といえども任意にこれを縮小しえないものであるところ、前記二に認定した相沢陽悦の控訴人会社における地位、職務内容によると、同人は被控訴人会社仙台支店の支配人として登記されているものの、その職務内容は対外的営業活動ではなく会社内部の事務であつて、しかも、営業の全般に亘るものでないばかりか、同人は同会社東北地区本部に所属する従業員であつて、同会社仙台支店の従業員ではないのであるから、同支店の支配人といえないことは明白である。更に、前記二、三の事実に弁論の全趣旨を合わせ考察すると、被控訴人は商法三八条の規定が支配人に裁判上の代理権を付与していることを奇貨として、訴訟によつて債権の回収を図る案件の多い自己の営業に関し、弁護士法七二条の趣旨に違反するとの非難をかわし、民事訴訟法七九条一項の禁止を潜脱し、その従業員をして訴訟活動をさせる目的をもつて、実質的に支配人でない従業員を支配人として選任した旨の登記申請をして、その旨の登記を受け、もつて、当該従業員が支配人であるかのような外観を作出したうえ、これらの者をして、自己を当事者とする訴訟につき訴訟代理人として訴訟行為を追行させているものと判断せざるを得ない。

してみると、前記一の1に認定した被控訴人仙台支店代理人支配人相沢陽悦の名をもつてなされた本件訴は、支配人でない者が支配人を潜称して提起した訴として、無効といわなければならない。

三そこで、進んで、被控訴人の民事訴訟法八七条、五四条による追認又は右各法条の類推適用による追認の主張について判断する。右各法条による訴訟代理権欠缺の追認は、授権者に訴訟能力、法定代理権又は訴訟行為をなすに必要な授権の欠缺があつて、これによる訴訟代理権の授与行為に瑕疵がある場合の追認であるところ、本件の場合、被控訴人自身にはなんらこれらの瑕疵がなく、ただ、被控訴人が訴訟代理権を付与した相手方に適正な訴訟代理人たる資格がなかつただけであるから、前記法条の適用はなく、被控訴人は前記相沢陽悦のした無効な訴の提起及びその後の訴訟行為を追認することができないというべきである。次に、前記法条を類推適用して潜称支配人の訴訟行為を追認することができるとする考え方は、公法に属する民事訴訟法規につき新たな法規を定立する結果を来たす点に鑑み、当裁判所の採用しないところである。なお、附言するに、一般論として資格のない訴訟代理人のした訴訟行為の追認が可能であるとしても、自ら法の禁止を潜脱する行為に出ながら、後にこれを追認して瑕疵のないものにすることができるということは、法の一般原理である信義誠実の原則に違背し、到底容認しうるところではない。したがつて、被控訴人の右各主張は採用の限りではない。

六以上の次第であるから、被控訴人の本件訴は訴訟代理権のない者によつて提起された無効の訴というべく、かつ、その欠缺は補正することができないものといわなければならない。したがつて、右欠缺を看過して被控訴人の本訴請求を認容した原判決は、訴訟要件の欠缺を看過して本案の判断をしたものとして不適法であり、取消を免れず、被控訴人の本件訴も不適法であつて却下を免れない。

よつて、民事訴訟法三八六条に従い原判決を取消し、被控訴人の本件訴を却下し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤幸太郎 石川良雄 宮村素之)

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